ADHD3兄弟と関節痛母さんの日記

長男17歳、次男中学3年生、末っ子6年生との毎日の記録です。

普通の子と同じに見え、先生からも問題視されない我が子をADHDとして育てる理由

今週のお題「下書き供養」


上記、題名にて。書きかけて。
最後まで書ききる、前に、
思いが、変わってしまい。
でも、前は、重要度、高く感じてたなぁと。
消せずに、時間が過ぎておりました。


なので、まず、書きかけの書き出しから。

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小学校に入学してからというもの。先生の目から見て、問題を抱える、注意しないといけない子とは、見てもらえない我が子たち。

学校生活を、頑張ってすごし。

母さんの顔を見たとたん、安心したように、わがまま全開、問題行動のオンパレードとなった。

母さんにとって、子どもたちは困った子だった。

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ここまで書いて、ストップ。
最後まで書ききる、エネルギーのないまま。
月日のみ、過ぎておりました。


当時は、療育園で、相談をし始めた頃で。
育てにくさは、ADHDだからと、知ってたけど。
相談することで、思いが認められたと感じ。
安心と、自信を持ち始めた頃です。


それまでは、学校の先生と話しても。
学校では、何も問題ありませんよ、
と、言われるばかりで。
家で問題あるのは、対応が悪いからと、
言われているような気が、勝手にしてて。
そうでは、なかったんだけど。
そう思えば、全てが悪い方にしかとれず。
親が揺らげば、子も揺らぐような状態で。


そんな中で、療育園の先生と、話して。
認めてもらえて、ホッとして。


この子達を、ADHDとして、育てていくんだ。
と、強く思ってたのが、
この、題名を書いた頃。


それから、記事を書ききらないうちに。
肩の力が、抜け。
子どもたちの状態を見ながら、
合わせて、対応できるようになり。
子どもたち自身の、良いところを、
見てあげることが、できるようになり。


ADHDを、意識することも、なくなりました。


学校の先生たちにも、
ADHDだからとかじゃなく。
こういう、ところがあるから、
こう、対応していきたいとか、
特徴にそった、話をするようになり。


配慮を求める、手段として、
ADHDであることは、利用するけど。


でも、子どもに合わせた対応って。
全ての子どもたちに、してもいいんだよね。


それができる先生って、
言わなくても、気づいてしてくれるし。
できない先生って、伝えても伝えても、
別の場面で、似たようなこと
繰り返すんだよね。


それは、置いといて。


記事を書ききらないうちに、思いが変わり。
でも、こんな風に思っていたなと、
消すことができずにいた、下書き。


今の思いを加筆して、
下書き供養と、いたします。